1964年10月10日午後2時、いよいよ選手団入場行進開始であります。

1964年10月10日・土曜日。日本中がテレビの前にくぎ付けになった東京オリンピックの開会式。ボクは小学2年生でした。自宅の居間にあった白黒テレビの前で正座をさせられ、母親と祖母と三人で開会式を見ました。

開会式冒頭で、君が代が流れたあと、故・古関裕而(こせきゆうじ)作曲「オリンピックマーチ」に乗せ、故・鈴木文弥(すずきぶんや)アナウンサーの実況で、東京オリンピックの開会式が始まりました――

『1964年10月10日午後2時。いよいよ選手団入場行進開始であります。先頭はオリンピックを生んだ栄光の国ギリシャ。紺地(こんじ)に白く十字が浮かび上がったギリシャ国旗が、今、日本(にっぽん)の、東京の、メインスタジアムのトラックのレンガ色に、鮮やかなコントラストを見せております』

そして、日本中が歓喜に包まれた瞬間がやってきます――

『いよいよ最後、日本(にっぽん)選手団の入場であります。栄光への道を求めて苦しい試練に耐え抜き、今、堂々と胸を張って歩くニッポンの若者。思えば昭和15年、オリンピック東京誘致が決まりましたが、戦いの火にその夢は流され、5年前、東京大会が正式に決まり、それから5年、日本人(にっぽんじん)のひとりひとりのすべての努力は、今日この日のために払われた感じがいたします。

アジアで初めて開かれた世紀の祭典、平和と、人間愛と、勇気の、第18回(だいじゅうはちかい)オリンピック東京大会、この日を迎えるその道は、まことに長く、ほんとうに険しくさえあったのであります』

横を見ると母も祖母も泣いていました。当時、母は32歳、祖母は60歳。母は戦時中、学童疎開で群馬県の桐生で過ごし、東京の新宿に住んでいた祖母は、東京大空襲の直前に埼玉県の親戚を頼って逃げてきたため命拾いをした思いが蘇ったのだと思います。

今、ボクは61歳。当時の祖母の年齢を1つ超えました。あらためて東京オリンピックの開会式の映像を YouTube で見たら、何故かボクも涙が出てきました。年かなぁ……(笑)