富士塚のある越谷の神社|石神井神社(埼玉県越谷市西新井)

石神井神社の富士塚

埼玉県越谷市・石神井神社(いしがみいじんじゃ)の富士塚



きのう見に行った 越谷市民文化祭 の郷土研究コーナーで「越谷市に残されている富士塚」という展示を見て興味をもったので、さっそく、越谷市に残されている富士塚のひとつ「石神井神社」(いしがみいじんじゃ)に行って富士塚を見てきました。


石神井神社(埼玉県越谷市西新井)

石神井神社の住所は埼玉県越谷市西新井314(石神井神社の場所)。石神井神社は「いしがみいじんじゃ」、西新井は「にしあらい」と読みます。近くに県民健康福祉村があります。


石神井神社(いしがみいじんじゃ)

石神井神社の創建の時期は不明ですが、明治時代には、地元(西新井村)の鎮守さまとして祀られていたようです。本尊は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)


富士塚

富士塚(ふじづか)は本殿の横にありました。黒ボク石が積まれて塚になっていて、頂上に「浅間大神」(あさまのおおかみ)の石碑があり、その右斜め下に「磐長姫命」(イワナガヒメノミコト)の石碑があります。


黒ボク石を積んだ富士塚

富士塚とは、富士山信仰に基づき、身近な場所に富士山を模した人工の山や塚を作って、富士山にお参りしなくても誰でも富士山に参拝できるようにしたものです。富士塚の定義は諸説ありますが「富士山を模した形になっている」「黒ボク石(富士山の溶岩で流れ出た石)を使っている」「塚の上に浅間神社を祀っている」などの条件を満たしているものが一般的に「富士塚」と呼ばれています。


浅間大神の石碑

富士塚の頂上にある「浅間大神」(あさまのおおかみ)と書かれた石碑。浅間大神は富士山の浅間大社(せんげんたいしゃ)の主祭神なので、この塚が富士塚として造られたことが分かります。


磐長姫命の石碑

磐長姫命(イワナガヒメノミコト)の石碑も見えます。磐長姫命は日本書紀や古事記にも登場する女神で、全国各地の浅間神社に祀られています。


石碑

石碑にうっすらと「維持明治十八乙未年」と彫られています。石神井神社の富士塚が造られたのは明治18年(1885年)ごろでしょうか。今から約129年前ですね。


石神井神社からは富士山も見えます。

空気の澄んだ日は、石神井神社周辺からも富士山が見えます。富士塚が造られたころは富士山が目の前に見える感じだったのかな。


龍吐水

本殿の横に木製の龍吐水(りゅうどすい)が置いてありました。龍吐水とは、江戸時代から明治中頃にかけて、火事のときに消火に使われた手押しポンプです。龍吐水に「明治三十年酉一月工之」と彫られています。明治時代に造られたものですね。貴重な歴史資料のひとつです。


越谷市の富士塚(石神井神社)

越谷市民文化祭の郷土研究コーナーでもらった資料によると、越谷市には、石神井神社のほかにも大相模久伊豆神社(大成町)・浅間神社(平方)・護郷神社(増林)などにも富士塚があるので、今度、見に行ってみよう。


石神井神社(埼玉県越谷市西新井)富士塚と境内の風景
石神井神社(いしがみいじんじゃ) 石神井神社(埼玉県越谷市西新井)

狛犬(吽形) 狛犬(阿形)

賽銭箱 手水鉢

富士塚 浅間大神

磐長姫命 石神井神社の富士塚

龍吐水 末社

銀杏の木 石神井神社の境内

撮影のカメラは Nikon COOLPIX P340 を使用